大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成7年(行コ)39号 判決 1996年3月28日

控訴人 斎藤秩 ほか四五名

被控訴人 神奈川県神奈川県税事務所長 神奈川県横須賀県税事務所長 ほか六名

神奈川県神奈川県税事務所長及び神奈川県横須賀県税事務所長の代理人 新堀敏彦 信太勲 ほか四名

主文

一  本件各控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は、甲事件に係る部分は同事件控訴人らの、乙事件に係る部分は同事件控訴人らの、丙事件に係る部分は同事件控訴人らの、丁事件に係る部分は同事件控訴人らの、戊事件に係る部分は同事件控訴人らの各負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求める裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  (甲事件について)

(一) 被控訴人座間市長が、同日産自動車株式会社(以下、「日産」という。)に対し、昭和六三年二月二五日付けでした同五〇年四月一日から同五七年三月三一日まで及び同五八年四月一日から同六二年三月三一日までの各事業年度に係る法人市民税に関する更正、並びに同六三年一〇月一四日付けでした同五八年四月一日から同六〇年三月三一日まで及び同六一年四月一日から同六二年三月三一日までの各事業年度に係る法人市民税に関する更正をいずれも取り消す。

(二) 被控訴人日産は座間市に対し、一〇億五一四五万七九七〇円及び右内金九億九一四八万七七一〇円に対する昭和六三年三月二六日から、内金五九九七万〇二六〇円に対する同年一一月九日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  (乙事件について)

(一) 被控訴人神奈川県税事務所長が、同日産に対し、昭和六二年一一月三〇日付けでした同五〇年四月一日から同五七年三月三一日まで及び同五八年四月一日から同六二年三月三一日までの各事業年度に係る法人県民税及び事業税に関する更正をいずれも取り消す。

(二) 被控訴人日産は神奈川県に対し、一〇四億一三〇〇万円及びこれに対する昭和六二年一二月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(三) 被控訴人横須賀県税事務所長が、同トヨタ自動車株式会社(以下、「トヨタ」という。)に対し、昭和六三年四月一五日付けでした同五三年四月一日から同五八年六月三〇日までの各事業年度に係る法人県民税及び事業税に関する更正をいずれも取り消す。

(四) 被控訴人トヨタは神奈川県に対し、七四一一万円及びこれに対する昭和六三年五月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  (丙事件について)

(一) 被控訴人神奈川区長が、同日産に対し、昭和六二年一二月二日付けでした同五〇年四月一日から同五七年三月三一日まで及び同五八年四月一日から同六二年三月三一日までの各事業年度に係る法人市民税に関する更正、並びに同六三年八月八日付けでした同五八年四月一日から同六〇年三月三一日まで及び同六一年四月一日から同六二年三月三一日までの各事業年度に係る法人市民税に関する更正をいずれも取り消す。

(二) 被控訴人日産は横浜市に対し、一七億〇一〇七万八一九〇円及び右内金一六億一八一九万円に対する昭和六三年一月一日から、内金八二八七万三〇〇〇円に対する同年一〇月一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(三) 被控訴人金沢区長が、同トヨタに対し、昭和六三年三月九日付けでした同五三年四月一日から同五八年六月三〇日までの各事業年度に係る法人市民税に関する更正をいずれも取り消す。

(四) 被控訴人トヨタは横浜市に対し、八一〇万九四一〇円及びこれに対する平成元年一〇月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

5  (丁事件について)

(一) 被控訴人横須賀市長が、同日産に対し、昭和六三年三月一四日付けでした同五〇年四月一日から同五七年三月三一日まで及び同五八年四月一日から同六二年三月三一日までの各事業年度に係る法人市民税に関する更正、並びに同六三年一〇月二五日付けでした同五八年四月一日から同六〇年三月三一日まで及び同六一年四月一日から同六二年三月三一日までの各事業年度に係る法人市民税に関する更正をいずれも取り消す。

(二) 被控訴人日産は横須賀市に対し、一二億五四〇二万〇八一〇円及び右内金一一億六七八〇万〇八一〇円に対する昭和六三年三月二三日から、内金八六二二万円に対する同年一一月五日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

6  (戊事件について)

(一) 被控訴人横須賀市長が、同トヨタに対し、昭和六三年五月一〇日付け及び同年一〇月三日付けでした同五三年四月一日から同六〇年六月三〇日までの各事業年度に係る法人市民税に関する更正をいずれも取り消す。

(二) 被控訴人トヨタは横須賀市に対し、一二八四万円及びこれに対する昭和六三年一〇月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

7  訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

主文第一項同旨

第二事案の概要

次のとおり付加、訂正、削除するほかは、原判決の事実及び理由の「第二 事案の概要」欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決七枚目表三行目の「更正処分」を「仮更正処分」に改める。

二  同九枚目表一行目及び同裏一行目から二行目にかけての各「右減額更正」をいずれも「前記法人税に係る減額更正」に、同裏二行目の「あるため」を「あったため」に改める。

三  同一〇枚目表末行の「追加減額更正」の前に「各法人市民税について」を加え、同裏一行目から二行目にかけての「右三か年度の法人市民税合計五九九七万〇四一〇円」を「右三事業年度の各法人市民税について合計五九九七万〇四一〇円を」に改める。

四  同一〇枚目裏七行目の「四条より」を「四条により」に、同一一枚目表八行目の「減額する旨の更正」を「を減額する旨の各更正」に改める。

五  同一一枚目裏八行目の「同六一年三月期の」の次に「各法人市民税について」を加え、同九行目の「合計八二七万三〇〇〇円減額」を「右各法人市民税について合計八二七万三〇〇〇円を減額」に、同一二枚目表三行目の「法人市民税について八〇〇万円」を「右各法人市民税について合計八〇〇万円を」に改める。

六  同一二枚目表一〇行目の「期」を「事業年度」に改め、同裏四行目から五行目にかけての「右各期の法人市民税合計八六二二万円」を「右各事業年度の法人市民税について合計八六二二万円を」に改める。

七  同一二枚目裏末行の「六二万円減額する」を「六二万円を各減額する」に改める。

八  同一三枚目表五行目の冒頭から六行目の「本件更正処分は」までを「法人地方税に関する本件各更正処分は」に、同八行目から九行目にかけての「同法七二条の三九により、法人地方税の減額更正として」を「同法七二条の三三の二第二項により」に改め、同一〇行目の「地方税法」の前に「法人市民税に関する」を加え、同裏三行目の「二か月」を「二月」に、同六行目の「同様に」から八行目の「場合(事業税)に、」までを「法人県民税に関する同法五三条の二も道府県知事に対し、同様に更正の請求をすることができる旨を規定し、法人事業税に関する同法七二条の三三の二第二項は、「第七二条の二五から前条までの規定による申告書又は修正申告書を提出した法人で所得又は清算所得に対する事業税を納付すべきものが、当該申告又は修正申告に係る事業税の計算の基礎となった事業年度に係る法人税の課税標準について国の税務官署の更正又は決定を受けたことに伴い、当該申告又は修正申告に係る所得若しくは清算所得又は事業税額が過大となる場合においては、国の税務官署が当該更正又は決定の通知をした日から二月以上に限り、自治省令の定めるところにより、道府県知事に対し、当該所得若しくは清算所得又は事業税額につき、第二〇条の九の三第一項の規定による更正の請求をすることができる。」と規定して、」にそれぞれ改める。

九  同一三枚目裏末行の「又は」から同一四枚目表一行目までを「であるから、これを前提としてされた本件更正処分は無効であり、仮に本件国税処分が無効とまではいえないとしても、違法であることは明らかである。」に改める。

一〇  同一四枚目表六行目の「被告日産及び同トヨタ」を「米国日産及び米国トヨタ」に、同七行目の「右被告ら」を「被控訴人日産及び同トヨタ」に、同八行目の「合意がされ」を「合意をし」にそれぞれ改め、同一〇行目の「国税通則法」から同裏二行目の「要件を欠き、」までを削る。

一一  同一四枚目裏三行目から同一六枚目表八行目までを次のとおり改める。

「すなわち、日米租税条約は、日米両国のそれぞれの課税によって、二重課税の事態が生ずることがないようにするために締結されたものであるところ、同条約一一条は、「一方の締約国の居住者と他の者とが関連を有する場合において、両者の間で独立の者の間の取決めと異なる取決めが作成され又は独立の者の間の条件と異なる条件が課されるときは、その取決め又は条件がないとしたならばそのような関連を有する者のうちいずれか一方の者の所得若しくは損失又は納付税額の計算にあたって考慮されたであろう所得又は所得控除、税額控除その他の租税の減免については、当該一方の締約国の居住者の課税所得の額及び納付税額を計算するにあたり、これらを算入し及び適用することができる。」と規定して、一方の締約国がいわゆる移転価格税制を適用することを保証している。しかし、同条約は、一方の締約国が移転価格税制を適用した場合に、他方の締約国がその関連する者について、これに伴う対応的調整をする義務についてはなんらの規定もしていない(ちなみに、OECDモデル条約はこれを規定する。)。したがって、米国が在米子会社に対して移転価格税制を適用したからといって、我が国が、経済的二重課税を回避するためにその親会社に対して対応的調整をすべき条約上の義務を負うものではない。そうすると、米国が在米子会社に対して移転価格税制を適用したからといって、我が国の居住者であるその親会社が同条約二五条一項の「この条約に適合しない課税を受け又は受けるに至る」場合には該当しないから、同項に基づく申立てをすることができる場合に当たらないし、我が国が「この条約の規定に適合しない課税を回避するために」米国と合意することもできないものというべきである。したがって、本件日米合意は日米租税条約二五条一項に基づく合意ということはできないから、国税通則法施行令六条一項四号の「条約に規定する権限のある当局間の協議により、その申告、更正又は決定に係る課税標準等又は税額等に関し、その内容と異なる内容の合意が行われたこと」にはならず、通常の期間経過後においても更正の請求を認めた国税通則法二三条二項を適用する余地はないのである。」

一二  同一六枚目表一〇行目の冒頭(編注・『両締約国』の前)に「次の事項を」を加え、同裏一行目の「これに」を「これと」に、「所得の配分」を「所得又は所得控除、税額控除その他の租税の減免の配分」に改める。

一三  同一六枚目裏一〇行目の「ことはできない。」の次に改行して、次のとおり加え、同行の「なお、」を削る。

「したがって、本件日米合意の存在を前提としてされた本件国税処分は、当然無効である。

(2) その他の本件国税処分の無効、違法事由

米国歳入庁が米国日産及び米国トヨタに対して移転価格税制を適用して連邦所得税を追徴する仮更正処分を行った昭和六〇年三月時点においては、我が国には、移転価格税制を定めた規定も、その適用により生ずるいわゆる経済的二重課税を回避するための対応的調整について定めた規定も、国内法令としては存在しなかった。すなわち、我が国で移転価格税制が採用されたのは、昭和六一年三月に同年法律第一三号により租税特別措置法六六条の五が新設され、これが同年四月一日以降に開始する事業年度から適用されることとなってからであり、対応的調整については、同年に租税条約実施特例法七条が追加されたことによるが、これにより減額更正をすることができる期間についての特別の定めはないから、国内法により移転価格税制を適用することが可能となった同年四月一日以降の事業年度に限られるものというべきである。そして、対応的調整条項を欠く日米租税条約の下においては、当事国は経済的二重課税の問題を生じても、対応的調整を義務付けられることはないし、二五条のような一般的相互協議条項も、経済的二重課税を排除する根拠規定とはなり得ないものである。したがって、日本の権限ある当局といえども、国内法の根拠がないまま、合意をする権限はないから、本件日米合意は、国内法の根拠を欠く無効な合意というほかはなく、本件日米合意に基づいてされた本件国税処分は無効である。

また、仮に日本政府が日米租税条約二五条の合意の権限を有していたとしても、国税通則法七〇条により、法定納期限から五年の経過により国税の賦課権は消滅するから、この期間を超えて対応的調整をする権限はなく、右期間を超えてした本件国税処分は無効である。

さらに、」

一四  同一七枚目表末行から同一八枚目表二行目までを、次のとおり改める。

「(3) 本件国税処分の違法性の承継について

仮に本件国税処分の瑕疵が重大かつ明白とまでは認められないとしても、その違法であることは明らかであるところ、本件更正処分は本件国税処分を前提行為としてされているから、その違法性は、本件更正処分に当然に承継されるというべきである。」

一五  同二〇枚目裏末行から二一枚目裏三行目までを削る。

一六  同二二枚目表一〇行目の「租税を」を「租税の」に、同裏四行目の「更正決定」を「本件国税処分」に改める。

第三当裁判所の判断

当裁判所も控訴人らの本件各請求は理由がないと判断するものであるが、その理由は次のとおりである。

一  本件日米合意の日米租税条約適合性について

控訴人らは、日米租税条約二五条一項は、居住者に「この条約に適合しない課税を受け又は受けるに至る」場合に申立権を認めているところ、同条約一一条は一方当事国がその居住者に対して移転価格税制を適用して課税することを認めながら、他方当事国にその対応的措置を採ることを義務付ける規定を設けていないから、結局、同条約は、法的二重課税を生ずる場合はともかく、経済的二重課税を生ずるにすぎない場合には、他方当事国が対応的措置を講じない場合でも、これを条約違反とはせず、したがって、その居住者にとって対応的調整をしないまま関連者に移転価格税制が適用されても、これをもって「この条約に適合しない課税」とはしていないものと解さざるを得ないから、被控訴人日産及び同トヨタには二五条一項に基づく申立権はなく、右被控訴人らの申立に基づいてした本件日米合意は、条約上の根拠を欠くものであると主張する。

確かに、日米租税条約は、その一一条で、大略、締約国が自己の居住者とその関連者との間の取決めや条件が、そのような関連がない独立の者との間の取決めや条件と異なるときは、関連者との間の取決めや条件がないものとして課税所得の額及び納付税額を計算することができるとして、いわゆる移転価格税制を採ることを認めている。しかし、国際的取引において、一方当事国が移転価格税制を適用して課税すれば、それに伴って他方当事国の関連者に多くの場合、経済的二重課税の問題を必然的に生ずるのに、他方当事国に対応的措置を義務付けた規定はない。したがって、一方当事国が移転価格税制による課税をした場合に、他方当事国がその関連者に対して対応的措置を採らなかったからといって、直ちに条約違反となるものでないことは明らかである。

しかし、日米租税条約が、国際間の二重課税の回避を主たる目的として締結されたことを考えると、価格移転税制の規定を設けながら、その適用によって地方当事国の関連者に生ずる国際的、経済的二重価格の問題について、これを放置していたと解するのは常識的でなく、対応的措置については二五条の協議に委ね、合意が可能な限りにおいて、経済的二重課税の回避を図ろうとしているものと解するのが相当である。このことは、日米租税条約と同様に、対応的措置の義務付けについての規定を有しなかったOECDの昭和五二年改正前のモデル条約の解釈として、OECD租税委員会が、昭和五九年の報告書で「モデル条約九条二項に相当する条項がない場合であっても、第一項に相当する条項の存在は、経済的二重課税を条約の対象に含めようとする締約国の意図を示している。従って、移転価格の調整によって生ずる経済的二重課税は、少なくとも租税条約の精神に反するものであることから、モデル条約第二五条第一項及び第二項の相互協議手続の対象となり得る。」との見解を示している(<証拠略>)ことからも裏付けられるところである。

そして、この場合に、日米租税条約二五条一項の協議か、二項の協議かの問題は、本件日米合意が成立したことに争いのない本件においては問うところではないと考える。けだし、米国歳入庁が米国日産及び米国トヨタに対して移転価格税制を適用したことに伴う我が国の居住者である関連者についての対応的措置の問題は、二五条一項、二項のいずれの協議の問題としてでも取り上げることが可能であると解されるところ(控訴人らは、被控訴人日産及び同トヨタの申立ては二五条一項の「この条約に適合しない課税」の要件に欠け、また、二五条二項は個別事案の協議を含まない旨主張するが、経済的二重課税が少なくとも日米租税条約の趣旨に反すること、二五条二項を被控訴人主張のように狭く解すべき理由はなく、四項が両項の合意の効力に差を設けていないことに照らすと、右主張はいずれも採用できない。)、そうした問題に関する限り、一項と二項の違いは、居住者に二五条の協議をすべき旨の税務当局に対する申立権が認められるか否かにすぎないし、同条四項は、一項の協議に基づく合意と二項の協議に基づく合意との間で、なんらの効力の違いも設けていないからである。

よって、右説示と見解を異にする控訴人らの主張は、採用することができない。

二  本件国税処分のその他の違法、無効事由の主張について

次に、控訴人らは、米国歳入庁が米国日産及び米国トヨタに対して仮更正処分をした昭和六〇年三月時点においては、租税条約実施特例法七条の規定はなかったから、対応的措置についての国内法は存在しなかったし、本件日米合意が成立した昭和六二年六月及び同年九月には右特例法七条は施行されていたものの、その適用は昭和六一年四月一日以降に開始する事業年度分に限られると解され、少なくとも法定納付期限から五年を経過した部分についての国税の賦課権は消滅するから、大蔵大臣(日米租税条約上の日本における権限ある当局)といえども、これらを超えて対応的調整について日米間の合意をする権限はない。よって、これらの期間を超える事業年度の対応的調整についての本件日米合意に基づいてされた本件国税処分は、違法、無効であると主張する。

控訴人らの右主張は、日米租税条約の下で、対応的調整の合意をするためには、同条約二五条の国内法的効力では足りず、これとは別個に国内立法を要するとの考え方に立脚するものであるが、このような考え方には多分に疑問があり、国内法がなくても、大蔵大臣は、対応措置について米国との間で協議することができ、かつ、合意することができるものと解する余地が多分にある(<証拠略>)。

しかし、この点はしばらくおき、仮に我が国が対応的措置について合意するためには、租税条約実施特例法七条の規定を要するとの考え方に立ったとしても、同条は昭和六二年(編注・「昭和六二年」は「昭和六一年」の誤りか)四月一日から施行されたのであるから、同日以降に合意に達した本件日米合意が、同条に基づく合意であることは明らかであり、また、同条には、対応的調整を遡ってなしうる期間についてはなんらの制限も設けていないから、被控訴人日産について昭和五一年三月期、同トヨタについて昭和五四年三月期に遡って対応的調整に合意したからといって、なんら国内法上違法となるものではない。控訴人らは、租税条約実施特例法七条の新設と同時に立法された租税特別措置法六六条の五(我が国においての移転価格税制を新設した規定)が、その施行法において昭和六二年(編注・「昭和六二年」は「昭和六一年」の誤りか)四月一日以降に開始する事業年度から適用することとしているから、租税条約実施特例法七条についても同様に考えるべきであるとするもののようであるが、右主張にはなんらの法理論上の根拠もない。控訴人らの右の考え方の根底には、右租税特別措置法の改正までは、我が国は日米租税条約一一条を適用する余地がなかったとの解釈が存在するものと思われるが、そうではない。すなわち、我が国は、右租税特別措置法六六条の五が施行される以前においても、内国法人が国外の関連企業との取引を通じて課税所得を国外に流出させることを阻止する方法として、例えば、内国法人が在米関連者に低額で商品を譲渡する場合には、法人税法三七条七項、六項、二項によって一定額以上の部分については寄付金としての損金性を否認して課税する方法や、これらが同族会社間の取引の場合には同法一三二条を適用して課税する方法を有していたのであり、これらのいずれの場合も、厳格な意味での移転価格税制ではないが、対外的には日米租税条約一一条をもって説明することとなるのである。そうすると、前記の租税特別措置法六六条の五の適用を受ける年度と租税条約実施特例法七条の適用年度とが合致していなければならないとする根拠はいよいよなく、却って、対応的調整については、相手国の租税制度に対応できるようにするため、その適用年度に制限を設けないこととする方が、優れた立法政策と評することができ、また、そう解することになんらの妨げもないのである。

なお、控訴人らの賦課権の消滅に関する主張が理由がないことは、国税通則法七一条の趣旨に照らして明らかである。

三  本件国税処分の適法性について

以上によれば、控訴人らの主張中、本件国税処分の無効ないし違法を理由とする本件更正処分の違法の主張は、違法性の承継の点について言及するまでもなく、失当である。

四  本件更正処分固有の違法性の主張について

控訴人らのその余の主張に対する当裁判所の判断は、原判決の事実及び理由の「第三 当裁判所の判断」欄の四項(原判決三五枚目裏四行目から同三八枚目裏八行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。

第四よって、控訴人らの請求を棄却した原判決は相当であり、本件各控訴は理由がないから棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 野田宏 森脇勝 高橋勝男)

【参考】第一審(横浜地裁昭和六三年(行ウ)第三二号(甲事件)、平成元年(行ウ)第四号(乙事件)、同第五号(丙事件)、同第六号(丁事件)、同第一三号(戊事件) 平成七年三月六日判決)

主文

一 甲、乙、丙、丁及び戊事件の各原告らの請求をいずれも棄却する。

二 訴訟費用は右各原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

1 甲事件

(一) 被告座間市長が、同日産自動車株式会社(以下、日産自動車株式会社を「日産」という。)に対し、昭和六三年二月二五日付けでした同五〇年四月一日から同五七年三月三一日まで及び同五八年四月一日から同六二年三月三一日までの各事業年度に係る法人市民税に関する更正、並びに同六三年一〇月一四日付けでした同五八年四月一日から同六〇年三月三一日まで及び同六一年四月一日から同六二年三月三一日までの各事業年度に係る各法人市民税に関する更正をいずれも取り消す。

(二) 被告日産は座間市に対し、金一〇億五一四五万七九七〇円並びに内金九億九一四八万七七一〇円に対する昭和六三年三月二六日から、内金五九九七万〇二六〇円に対する同年一一月九日から、各支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 乙事件

(一) 被告神奈川県税事務所長が、同日産に対し、昭和六二年一一月三〇日付けでした同五〇年四月一日から同五七年三月三一日まで及び同五八年四月一日から同六二年三月三一日までの各事業年度に係る各法人県民税及び事業税に関する更正をいずれも取り消す。

(二) 被告日産は神奈川県に対し、金一〇四億一三〇〇万円及びこれに対する昭和六二年一二月二三日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(三) 被告横須賀県税事務所長が、同トヨタ自動車株式会社(以下、トヨタ自動車株式会社を「トヨタ」という。)に対し、昭和六三年四月一五日付けでした同五三年四月一日から同五八年六月三〇日までの各事業年度に係る各法人県民税及び事業税に関する更正をいずれも取り消す。

(四) 被告トヨタは神奈川県に対し、金七四一一万円及びこれに対する昭和六三年五月一日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3 丙事件

(一) 被告神奈川区長が、同日産に対し、昭和六二年一二月二日付けでした同五〇年四月一日から同五七年三月三一日まで及び同五八年四月一日から同六二年三月三一日までの各事業年度に係る各法人市民税に関する更正、並びに同六三年八月八日付けでした同五八年四月一日から同六〇年三月三一日まで及び同六一年四月一日から同六二年三月三一日までの各事業年度に係る各法人市民税に関する更正をいずれも取り消す。

(二) 被告日産は横浜市に対し、金一七億〇一〇七万八一九〇円並びに内金一六億一八一九万円に対する昭和六三年一月一日から、内金八二八七万三〇〇〇円に対する同年一〇月一日から、各支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(三) 被告金沢区長が、同トヨタに対し、昭和六三年三月九日付けでした同五三年四月一日から同五八年六月三〇日までの各事業年度に係る各法人市民税に関する更正処分をいずれも取り消す。

(四) 被告トヨタは横浜市に対し、金八一〇万九四一〇円及びこれに対する平成元年一〇月五日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4 丁事件

(一) 被告横須賀市長が、同日産に対し、昭和六三年三月一四日付けでした同五〇年四月一日から同五七年三月三一日まで及び同五八年四月一日から同六二年三月三一日までの各事業年度に係る各法人市民税に関する更正、並びに同六三年一〇月二五日付けでした同五八年四月一日から同六〇年三月三一日まで及び同六一年四月一日から同六二年三月三一日までの各事業年度に係る各法人市民税に関する更正をいずれも取り消す。

(二) 被告日産は横須賀市に対し、金一二億五四〇二万〇八一〇円及び内金一一億六七八〇万〇八一〇円に対する昭和六三年三月二三日から、内金八六二二万円に対する同年一一月五日から、各支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

5 戊事件

(一) 被告横須賀市長が、同トヨタに対し、昭和六三年五月一〇日付け及び同年一〇月三日付けでした同五三年四月一日から同六〇年六月三〇日までの各事業年度に係る各法人市民税に関する更正をいずれも取り消す。

(二) 被告トヨタは横須賀市に対し、金一二八四万円及びこれに対する昭和六三年一〇月一三日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

アメリカ合衆国(以下「米国」という。)の内国歳入庁(以下「米国歳入庁」という。)は、甲・乙・丙・丁事件被告の日産及び乙・丙・戊事件被告のトヨタ(以下、事件名を区別する必要がない場合には、「被告日産」又は「被告トヨタ」という。)の米国における各子会社が、連邦所得税についてした自動車の販売利益の申告は、子会社に対する販売価格(移転価格)を高めに設定することにより、販売利益の配分比率を親会社である同被告らに多くし、その反面、右各子会社の利益を不当に圧縮したものであるとして、移転価格税制に関する法規を適用し、所得税の追徴処分をした。これに対し、被告日産及び同トヨタは、昭和四七年条約第六号「所得に対する租税に関する二重課税の回避及び脱税の防止のための日本国とアメリカ合衆国との間の条約」(以下「日米租税条約」という。)二五条に基づいて、租税の経済的二重課税(なお、各子会社は米国法人で、同被告らとは別個の法人格を有している関係で、法的二重課税とはならない。)を避けるため、日米税務当局の協議を促す申立をし、その協議の結果、在米各子会社が一定額の連邦所得税を納付し、他方、我が国においては、同被告らが納付した法人税のうち、これに対応する分を還付する旨の合意をした。そして、合意を受けた更正請求に基づいて被告日産及び同トヨタの各本社(本店所在地)を管轄する税務署長が、法人税の減額更正処分をして減額分を還付し(以下「本件国税処分」という。)、次いで、同被告らは、それぞれ本社、工場等の所在する県、市及び政令指定都市の区等の地方税の賦課徴収機関に対し、法人県民税、法人市民税及び事業税等の減額更正を申し立て、賦課徴収機関たる日産及びトヨタ以外の各被告らは、これを受けて地方税としての法人県民税、法人市民税、事業税及びこれに対応する加算税等の減額更正処分(以下「本件更正処分」という。)をして各減額分を還付した。本件は、おおむね右のような事実関係の下において、右県、市等の住民である各事件原告らが、地方自治法二四二条の二第一項に基づく住民訴訟として、右地方税に関する本件更正処分が違法であることなどを理由に、その各処分の取り消し(同項二号)を求めるとともに、被告日産及び同トヨタに対し、右違法な更正処分により得た地方税の還付金が不当利得に当たるとしてその返還(同項四号)を請求している事案である。すなわち、原告らは、地方税に関する本件更正処分の結果、被告日産及び同トヨタは多額の還付金を受けたが、前記のような日米政府間の協議に基づいて、我が国の税務当局が法人税の減額更正をした本件国税処分は、日米租税条約、租税条約の実施に伴う所得税法、法人税法及び地方税法の特例等に関する法律(以下「租税条約実施特例法」という。)、及び租税特別措置法等の解釈を誤ったもので、結局、本件国税処分は超法規的、政治的措置というほかないので、国税とは別の地方公共団体の課税権に基づく地方税がこれに拘束されるいわれはなく、また、本件の被告たる各賦課徴収機関は地方税法の解釈を誤るなどして、本来することのできない地方税の減額更正処分をしたから、同機関たる各被告らがした県税及び市税についての本件更正処分は当然に違法であるばかりでなく、当該各減額更正には地方税法違反等の固有の違法事由もあると主張し、前記賦課徴収機関たる被告らに対しては本件各更正処分の取り消しを、被告日産及び同トヨタに対しては、各地方公共団体に代位し、不当利得の返還請求として、右各更正処分に基づく還付金の元本及びこれに対する還付日の翌日以降の民法所定割合による遅延損害金を当該地方公共団体に支払うことを求めているものである。

二 争いのない事実等

本件更正処分に至る経緯が次のとおりであることは、その一部を弁論の全趣旨により認定したほか、関係当事者間において争いがない。

1 (各事件に共通の事実)

(一) 米国歳入庁は、昭和六〇年三月、被告日産の全額出資に係る子会社であり、被告日産の米国向け輸出用自動車を販売している米国日産株式会社(以下「米国日産」という。)に対し、同五〇年度以降の連邦所得税について、自動車の販売利益は親会社と子会社間で折半すべきであるのに、現実にされている配分比率は子会社の利益を不当に圧縮したものであり、米国日産は利益を実際よりも約一一億二八〇〇万ドル少なく申告したとして、これに対応する連邦所得税を追徴する仮更正処分をした。

(二) また、米国歳入庁は、昭和六〇年三月、被告トヨタの全額出資に係る子会社であり、被告トヨタの米国向け輸出用の自動車を販売している米国トヨタ自動車販売株式会社(以下「米国トヨタ」という。)に対し、同五二年度以降の連邦所得税について、右同様に子会社の利益を不当に圧縮したものであり、米国トヨタは実際よりも約八億五〇〇〇万ドル少なく申告したとして、これに対応する連邦所得税を追徴する仮更正処分をした。

(三) 右各更正処分がされたことを受けた被告日産及び同トヨタは、我が国の国税庁に対し、昭和六一年五月、日米租税条約二五条に基づき日米税務当局間の協議を促す申立を行った。そして、日米税務当局は協議の結果、同六二年六月一一日、米国日産が同五〇年四月から同六二年三月までの一二年間に係る所得として追加して申告すべき額を約五億五〇〇〇万ドルとみなした上、米国歳入庁が米国日産から追徴すべき連邦所得税の税額を約二億七〇〇〇万ドルとし、これに関する対応的調整(我が国の内国法人と海外における親子関係等にある特殊関連会社間の取引について、そのような関係にない独立企業間の条件に引き直して、右子会社等の所得を増額させ、課税するのが「移転価格税制」であり、これに対応して、右内国法人に対し、その所得を減額するため必要な減額更正処分等を施す措置が「対応的調整」である。)として、我が国税務当局が被告日産に還付すべき法人税の額を約五七五億円とする旨の合意をし、次いで同年九月一八日、右同様に米国トヨタが同五二年度から同五七年度までの六年間に係る所得として追加して申告すべき額を約二億七〇〇〇万ドルとみなして、米国歳入庁が米国トヨタから追徴すべき連邦所得税の税額を約一億三〇〇〇万ドルとし、これについての対応的調整として、我が国税務当局が被告トヨタに還付すべき法人税の額を約二二〇億円とする合意をした(以下、右の各合意を「本件日米合意」という。)。

(四) そして、被告日産は、本件日米合意の成立を受けて、昭和六二年八月七日、本社(本店所在地)を管轄する神奈川税務署長に対し、同五〇年四月一日から同六二年三月三一日までの一二年間の事業年度(以下、法人の事業年度については、昭和五〇年四月一日から同五一年三月三一日までの事業年度の場合を「昭和五一年三月期」のようにいう。)にわたる法人税につき合計約五七五億円の減額更正の請求をした。その結果、神奈川税務署長は被告日産に対し、同年一〇月二六日付けでその旨の処分をし、同年一一月二日同被告に同額を還付した。

(五) また、被告トヨタも、本件日米合意の成立を受けて、昭和六二年一一月一七日、本社(本店所在地)を管轄する岡崎税務署長に対し、同五三年四月一日から同五八年六月三〇日までの六事業年度(なお、被告トヨタの事業年度の終了日は昭和五七年三月三一日までは毎年三月三一日であり、その後は各年六月三〇日であるから、同五七年四月一日以降は、同日から同年六月三〇日までについてはこれが一事業年度となり、その後、同年七月一日から同五八年六月三〇日までが一事業年度となる。)にわたる法人税につき合計二二七億七九六〇万円の減額更正の請求をした。そして、岡崎税務署長は被告トヨタに対し、同六三年二月五日付けでその旨の処分をし、その後、同被告に同額を還付した。

(六) 法人税についての右減額更正に引き続き、被告日産は、事業所の所在する都府県に対しては法人都府県民税及び法人事業税の減額更正の請求を、また、同じく事業所の所在する市町村に対しては法人市町村民税の減額更正を請求した。そして、被告日産は法人都府県民税として合計約二二七億五〇〇〇万円、法人市町村民税として合計約七八億三三〇〇万円、合計約三〇五億八三〇〇万円の還付金を受けた。しかも、右減額更正は昭和五九年三月期、同六〇年三月期及び同六二年三月期については、暫定的処分として行われたものであったため、同六二年八月以降更に、右各年度に関する追加的処分として被告日産は、国税で約四〇億円、地方税で約二〇億円の減額更正を受けた。

(七) 法人税についての前記減額更正に引き続き、被告トヨタは、事業所の所在する都道府県に対しては法人都府県民税及び法人事業税の減額更正の請求を、また、同じく事業所の所在する市町村に対しては法人市町村民税の減額更正を請求した(以下、各税について区別する必要がない場合は、「法人地方税」ともいう。)。そして、被告トヨタは法人都府県民税として合計約九二億六九〇〇万円、法人市町村民税として合計約二四億三六〇〇万円、合計約一一七億〇五〇〇万円の還付金を受けた。しかも、右減額更正は、暫定的処分として行われたものであるため、更にその後、前記右各年度に関する追加的処分として被告トヨタは、国税で約一二〇億円、地方税で約六〇億円の減額更正を受けた。

(八) 甲ないし戊事件の原告らは、それぞれの住所地である座間市、神奈川県、横浜市及び横須賀市の各監査委員に対し、座間市長、神奈川県税事務所長、横須賀県税事務所長、神奈川区長、金沢区長及び横須賀市長のした右地方税の減額更正処分の取り消し、並びに被告日産及び同トヨタに対する不当利益の返還請求に関する各是正処分を求める監査請求をしたが、いずれも理由なしとされた。

2 (各事件に固有の事実)

(一) 甲事件

(1) 甲事件原告らは、神奈川県座間市の住民である。

(2) 被告日産は、同座間市長に対し、昭和六二年一二月二五日付けで同五一年三月期分から同六二年三月期分までの各法人市民税について減額更正の請求をした。同座間市長は同六三年二月二五日付けで同五一年三月期から同五七年三月期及び同五九年三月期から同六二年三月期までの各法人市民税について本税で総額九億八七三七万一六一〇円を減額し、これに対応して加算金を総額五四一万一六〇〇円減額する旨の更正を行い、同年三月二五日付けで合計九億九二七八万三二一〇円を還付した。その後、被告日産は同座間市長に対し、同六三年八月八日に同五九年三月期、同六〇年三月期及び同六二年三月期に関する追加減額更正を請求し、同座間市長は同六三年一〇月一四日付けで右三か年度の法人市民税合計五九九七万〇四一〇円減額する旨の更正を行い、同年一一月八日付けでこれを還付した。

(二) 乙事件

(1) 乙事件原告らは、神奈川県の住民である。

(2) 乙事件被告神奈川県税事務所長及び同横須賀県税事務所長は、神奈川県県税条例四条より、神奈川県知事から同県の徴収金の賦課徴収に関する事務の委任を受けている。

(3) 被告日産は、同神奈川県税事務所長に対し、昭和六二年一一月二五日付けで同五一年三月期から同六二年三月期分までの法人県民税及び事業税の各減額更正を請求した。同事務所長は同年一一月三〇日付けで法人県民税を一六億五八七〇万円、事業税を八七億五四三〇万円各減額する旨の更正を行い、同年一二月二五日に合計一〇四億一三〇〇万円を還付した。

被告トヨタは、同横須賀県税事務所長に対し、昭和六三年二月二九日付けで同五三年四月一日から同五八年六月三〇日までの六事業年度の法人県民税及び事業税の減額更正を請求した。同事務所長は同六三年四月二五日付けで法人県民税について一一〇七万円、事業税について六三〇四万円減額する旨の更正を行い、同月三〇日に合計七四一一万円を還付した。

(三) 丙事件

(1) 丙事件原告らは、神奈川県横浜市の住民である。

(2) 丙事件被告神奈川区長及び同金沢区長は、横浜市市税条例二〇条二項により、横浜市長から同市の徴収金の賦課徴収に関する事務の委任を受けている。

(3) 被告日産は、同神奈川区長に対し、昭和六二年一二月一九日付けで、同五一年三月期から同六二年三月期分までの法人市民税の減額更正を請求し、同区長は法人市民税を一六億一八一九万円減額する旨の更正を行った。その後、被告日産は、同神奈川区長に対し、同六三年八月一〇日付けで、同五八年三月期、同五九年三月期及び同六一年三月期の追加減額更正を請求し、同区長は合計八二八七万三〇〇〇円減額する旨の更正を行い、同六二年一二月二四日及び同六三年八月二九日に右各減額分を還付した。

被告トヨタは、同金沢区長に対し、昭和六三年二月二九日付けで同五三年四月一日から同五八年六月三〇日までの六事業年度の法人市民税の減額更正を請求し、同区長は法人市民税について八〇〇万円減額する旨の更正を行い、同六三年四月三〇日にこれを還付した。

(四) 丁事件

(1) 丁事件原告らは、神奈川県横須賀市の住民である。

(2) 被告日産は、同横須賀市長に対し、昭和六二年一二月二五日付けで、同五一年三月期から同六二年三月期までの各法人市民税の減額更正を請求した。同市長は同六三年三月一四日付けで同五八年三月期を除く右各期の法人市民税について、合計一一億六七八〇万〇八一〇円(本税減額分一一億六二五五万九九一〇円、延滞金減額分五二四万〇九〇〇円)減額する旨の更正を行い、同月二二日にこれを還付した。その後更に、同日産は、同市長に対し、同六三年八月八日付けで、同五九年三月期、同六〇年三月期及び同六二年三月期の各法人市民税の追加減額更正を請求し、同市長は同年一〇月二五日付けで右各期の法人市民税合計八六二二万円減額する旨の更正を行い、同年一一月四日にこれを還付した。

(五) 戊事件

(1) 戊事件原告らは、神奈川県横須賀市の住民である。

(2) 被告トヨタは、同横須賀市長に対し、昭和六三年三月二六日付け及び同年七月一八日付けで、同五四年三月期から同五八年六月期までの法人市民税の減額更正を請求し、同市長は同六三年五月一〇日付け及び同年一〇月三日付けで、一二二二万円及び六二万円減額する旨の更正を行い、同年五月一八日及び同年一〇月一二日に右各減額分を還付した。

三 争点

1 原告らの主張

(一) 本件国税処分の無効性・違法性

本件における各法人県民税、事業税及び法人市民税(以下「本件法人地方税」ともいう。)に関する本件更正処分は、国税たる法人税の額について税務官署の更正を受けたことに伴うものとして、地方税法三二一条の八の二、同法五三条の二、同法七二条の三九により、法人地方税の減額更正としてされたものである。

すなわち、地方税法三二一条の八の二は、「前条第一項から第三項までの申告書を提出した法人は、当該申告書に係る法人税割額の計算の基礎となった法人税の額について国の税務官署の更正を受けたことに伴い当該申告書に係る法人税割額の課税標準となる法人税額又は法人税割額が過大となる場合には、国の税務官署が当該更正の通知をした日から二か月以内に限り、自治省令の定めるところにより、市町村長に対し、当該法人税額又は法人税割額につき、第二〇条の九の三第一項の規定による更正の請求をすることができる。」と規定し、同様に同法五三条の二は「課税標準となる法人税額」の変更があった場合(県民税)、同法七二条の三九は「課税標準である所得」に変動があった場合(事業税)に、それぞれ特例として更正請求ができる旨を規定している。

しかしながら、以下のとおり本件更正処分の前提となった本件国税処分は無効又は違法であり、そうでないとしても右更正処分にはそれぞれ固有の違法事由がある。

(1) 日米租税条約上の合意の不存在について

<1> 前記二・1・(一)ないし(七)のとおり、被告日産及び同トヨタの国税庁に対する、日米租税条約二五条に基づく日米税務当局間の協議を促す申立により、日米税務当局は、昭和六二年六月一一日及び同年九月一八日にそれぞれ被告日産及び同トヨタから追徴すべき連邦所得税額と、これに関する対応的調整として、我が国税務当局が右被告らに還付すべき法人税額についての本件日米合意がされ、これに基づいて、本件国税処分がされた。

<2> しかしながら、本件国税処分の前提となった右合意は、国税通則法施行令六条一項四号(租税条約に規定する権限のある当局間の協議による合意が成立した場合に、期限後の更正請求による更正を認めた規定)の要件を欠き、日米租税条約所定の合意とはいえない。

すなわち、我が国においては、従前、親子会社等の特殊関連会社間における取引価額(移転価格)について、脱税防止等の観点から税務当局が企業全体の総所得を見直した上で必要な課税処分をすることができるという税制(移転価格税制)は採用されておらず、昭和六一年三月になって、租税特別措置法六六条の五が新設されて、我が国においても移転価格税制が採用されたのであり、しかもこれは、同年四月一日以降に開始する事業年度について適用されるのである。また、同年に租税条約実施特例法の七条が追加されて対応的調整が認められることになったが、減額更正処分を求め得る期間については規定していなかった。更に、日米租税条約一一条一項は、条約締約国の一方が移転価格税制を適用できるとしているが、その場合に他方が対応的調整をすべきことまでの合意はされてない。したがって、我が国の法制上、租税特別措置法六六条の五及び租税条約実施特例法七条により対応的調整として減額更正処分ができるのは同六一年度以降の所得に関してだけであり、租税条約実施特例法七条が施行(同六一年四月一日)される以前は、移転価格課税に基づく対応的調整を行うことができるという国内法令は存在しなかったことになるから、日本政府は、右施行以前に遡る減額更正の合意をする権限を有していなかった。

仮に日本政府が右合意をする権限を有していたとしても、本件日米合意をしたのは大蔵大臣であるところ、国税通則法施行令六条一項四号は租税条約に規定する権限のある当局間の協議による合意成立の場合には、期限後でも更正の請求をすることを認めているものの、国税の賦課権が消滅(法定納付期限から五年。国税通則法七〇条)した年度分の法人税については、大蔵大臣といえどもこれについて対応的調整を協議することはできないから、賦課権の消滅した法人税についての右権限を有していない。

また、以上のとおり、日米租税条約一一条一項は、条約締約国の一方が移転価格税制を適用できるとしているが、その場合に相手国が対応的調整を行う旨の規定を排除しているから、我が国の税務当局が内国法人に対し対応的調整を行わず当初の課税処分を維持しても、日米租税条約二五条一項(一方の締約国の居住者は、この条約に適合しない課税を受けるなどした場合は、法令に基づく救済手段とは別に権限のある当局に、その課税を回避すべく他方国と協議するように申し立てることができる)に規定されている「この条約に適合しない課税」とはいえず、内国法人である被告日産及び同トヨタは日米租税条約二五条一項の申立をする権利を有しない。この結果が、いわゆる多国籍企業に厳しいことになるとしても、在米の子会社と我が国の親会社とは法的には別個の法人であるから、厳密な意味での「法的二重課税」とはならない以上、やむを得ないのである。

更に、日米租税条約二五条二項は「両締約国の権限のある当局は、両締約国の間で統一することについて合意するよう努めるため協議することができる」と規定し、協議事項の一つとして「一方の締約国の居住者と、これに関連するものとの間における所得の配分」をあげているが、これは、移転価格税制を採用していない我が国が対応的調整を約束することは一方的に義務を負担することになることから、その制度化を将来に向かっての継続的協議事項としたものにほかならず、納税者の申立を契機としない一般的な取決めを結ぶための協議を予定したものである。そして、国税通則法二三条二項三号を受けて制定された同法施行令六条一項四号の「権限のある当局間の協議」とは、納税者の申立を契機とする協議(日米租税条約の場合は二五条一項)のみを指すことは当該条項の位置づけから明らかなので、日米租税条約二五条二項をもって本件日米合意の根拠とすることはできない。なお、被告が主張するように、日米租税条約のもとになっているOECDモデル条約九条二項に相当する規定を欠く条約においても、日米租税条約二五条のような協議条項に基づき、対応的調整の在り方について協議すること自体は許されるであろうが、その協議の結果としての合意の国内法の効力は国内法自体の制約の範囲でしか発生し得ないのである。

結局、日米当局間の協議の結果、昭和六〇年以前の経済的二重課税を救済する趣旨の合意が成立したとしても、我が国においてその合意を実行することの意味は、客観的には一種の補助金の交付以上のものではなく、国税通則法所定の更正処分としての効力をもつものではあり得ない。

(2) 本件国税処分の違法性の重大明白性とその承継について

本件国税処分は、課税要件の根幹に関する右(1)のような内容上の過誤が存する違法無効な処分であるから、これに準拠してされた本件更正処分も違法無効である。

仮に本件国税処分の違法性が重大明白といえる程度に達せず、その適法性について独自に審査する責任と権限が地方公共団体にあるといえないとしても、客観的に右国税処分が本件更正処分の前提行為である以上(本件更正処分は国税処分に無条件に準拠している)、その違法性は当然に承継される。

なお、住民訴訟において審理の対象に直接捉えられるのは地方公共団体の執行機関ないし職員による財務会計上の行為であることはもとよりであるが、右行為が違法かどうかは全法秩序に照らして判断されるべきであるから、裁判所の審理が本件国税処分の法的適否の判断に及ぶのは当然である。

(二) 本件更正処分固有の違法性

仮に本件国税処分が適法であったとしても、本件更正処分には、以下のとおりの固有の違法事由がある。

(1) 日米租税条約上の政府間協議の結果によって地方公共団体が影響を受ける場合には、あらかじめ大蔵大臣が自治大臣と協議をし、また自治大臣は関係地方公共団体の意見を聞くべきことが租税条約実施特例法八条に定められているが、本件においては、この手続がされていない。したがって、この手続を欠いたまま行われた本件国税処分は、地方公共団体に対する法的拘束力を有しない。

(2) 本件国税処分の結果は、当然のこととして、すべて地方税に連動するわけのものではない。すなわち、

<1> 我が国の内国法人が在外子会社との取引という形式を通じて輸出をする場合と、在外支店との勘定振替という形式を通じて輸出する場合との差は全く技術的なものであって、社会的実質においては同じである。

ところで、内国法人が後者の方式を用いた場合に、在外支店に帰属する所得の額をめぐり税務当局間の見解を異にするときは、法的二重課税が発生するから、その見解を一致させるために調整する必要が生じ(まさに本件と実質的に同一の問題であるが、これこそが租税条約二五条一項の申立の対象となる典型的な問題である。)、その調整の結果、我が国の法人税の処理上の問題として外国税額控除による見直しの必要が生ずることになる。しかし、地方税法二三条一項四号(市町村については同法二九二条一項四号)の定めるところによれば、この外国税控除の見直しの結果が地方税に影響を生ずることはない。すなわち、右規定は、法人住民税の法人税割の課税標準たる「法人税額」について、法人が現実に納付する法人税の額そのものではなく、一連の政策的な税額控除を施す前の金額をもって法人税額としているからである。

そこで、これを租税公平主義(租税中立主義)の原則に照らせば、実質的に同一の法律関係に対しては、同一の取り扱いがされるべきであるから、右条項の趣旨が、法人税にかかわる対応的調整と地方税との関係にも類推適用されるべきであり、そうとすれば、法人住民税に関する本件更正処分が誤りであることは明らかである。

<2> 右<1>の場合の課税標準が政策的税額控除を施す前の「法人税額」であるのに対して、事業税の課税標準はあくまでも当該法人の「所得」である。移転価格課税及び対応的調整によって、法人税の課税標準たる「所得」に変更が加えられるというのは一つの擬制であって、現実に所得の新たな移動はなく、単に双方の国の税額を調整する上での説明の便宜の問題にすぎない。したがって、これは事業税の課税標準としての所得に変動があったことを意味しないので、減額更正の根拠になり得ない。

(3) (租税条例主義違反)

地方税の賦課徴収や還付などはいずれも条例に直接の根拠を置くべきものであって、仮に地方税法の規定を条例において包括的に援用している場合でも、国法の改正によって条例の内容が自動的に変更されると解することはできない。しかるに、移転価格税制も対応的調整の制度も本件更正処分当時の関係地方公共団体の各条例が援用する地方税法においては、全く予想していない制度であって、もとより、条例制定権者が認識していないところであったから、本件更正処分は条例上の根拠を持たない違法な処分というべきである。

(4) 地方税法施行令六条の二〇の二は更正の請求の特例を定めているが、同じく更正請求の特例を規定する国税通則法施行令六条一項が、租税条約に規定する権限のある当局間の協議による合意が成立した場合には、期限後でも更正の請求をすることができる旨を規定しているのに対して、これに相当する規定を定めていない。したがって、たとえ租税条約に規定する当局間の協議による合意により対応的調整がされても、これによっては地方税法の更正請求をすることはできない。

(5) 移転価格税制の適用により、我が国において対応的調整として税法上の処理をすることができるとしても、発生主義の立場に立つ企業会計原則のもとでは、その処置に係る当期の特別損失として処理すべきであり、過去の事業年度に係る申告税額が遡って国税通則法二三条一項にいう「過大」となることはないので、同条二項の請求要件を欠くことになる。

2 被告らの主張

(一) 被告日産の本案前の主張

本件訴訟は、地方自治法二四二条の二に基づく住民訴訟であり、被告日産に対する請求は、同座間市長、同神奈川県税事務所長、同神奈川区長及び同横須賀市長がした法人市民税等に関する違法な本件更正処分により座間市、神奈川県、横浜市及び横須賀市が被った損害を回復するため、座間市等に代位して「当該行為に係る相手方」である被告日産に対して提起した不当利得返還請求事件である。

ところで、原告らは、本件更正処分について、無効確認ではなく、取り消し請求をしているのであるから、右市長等が右処分を撤回するか、これが判決で取り消されて確定するかしない限り、同処分は公定力を有しており、被告日産を含む第三者を拘束するので、同被告は有効な行政処分によって法人市民税等の還付を受けたことになり、不当に利得を受けたことにならない。そうである以上、被告日産に対する右請求は、不適法であって却下されるべきである。

(二) 被告らの本案についての主張

(1) (本件国税処分の法的根拠について)

<1> 租税条約が親子会社等の特殊関連企業グループを一体としてとらえる移転価格税制を採用した場合には、特殊関連企業間において必然的に経済的二重課税が発生するから、その排除方法をも採用しているものと解すべきである。この方法として、多くの場合、政府間の相互協議と合意に基づく対応的調整手続が行われているから、租税条約に移転価格課税に相当する規定と相互協議に関する条項が規定されていれば、当該条約は、移転価格税制に伴う経済的二重課税を相互協議の対象としているものと解すべきところ、日米租税条約には右の点に関する条項(二五条)があるので、同条約は当然経済的二重課税に対して相互協議の申立をし得ることになる。したがって、納税者は日米租税条約二五条一項に基づき移転価格課税事案について、権限のある当局に協議の申立をすることができる。なお、同条二項は、条約の解釈適用についての協議の規定であるが、個別事案の解決をも目的としており、しかも納税者からの申立による協議を排除する旨の定めはないから、申立により経済的二重課税についても協議でき、右協議により権限ある当局が合意に達した場合は、両方の締約国は、合意に従って租税を課し、租税を還付又は控除を行うこととし(同条約二五条四項)、国税通則法七一条二号は、権限ある当局間の協議が行われ、その申告、更正又は決定に係る課税標準又は税額等に関し、その内容と異なる内容の合意が行われたときは、当該理由が生じた日から三年間更正決定をすることができるとしているから、被告日産及び同トヨタに対する更正決定はこれに適合しており、違法の問題は生じない。

<2> 日米租税条約をはじめ諸外国が締約している租税条約が準拠しているOECDモデル条約中の移転価格課税と対応的調整に関する規定(九条一、二項)は、昭和五二年の改訂により追加されたものであるが、それ以前においても、右モデル条約には政府間の協議に関する規定があり、条約の規定に適合しない課税を受けると認められる者は、自己が居住者である締約国の権限のある当局に対して、権限ある当局間の協議の申立をすることができ、権限ある当局は、右申立事案について、相手国と協議を行い、合意により問題を解決するものとし、合意した内容は国内法の期間制限にかかわらず、実施するように求めており(二五条一、二項)、右九条の規定がない条約においても、移転価格課税の納税者は右二五条により救済されるものとされていた。それゆえ、昭和五二年の前記改訂前に締約された日米租税条約一一条に対応的調整の規定がないとしても、同条約二五条により、対応的調整をすべきであり、同条によれば、条約締約国のいずれの国の居住者もそれについての申立をすることができるのであって、被告日産及び同トヨタも同様にこれをすることができるものである。

<3> 原告らは、日米租税条約二五条二項の協議は、納税者の申立を契機としない一般的な取決めを結ぶための協議を予定したものであり、国税通則法二三条二項三号を受けて制定された同法施行令六条一項四号の「権限のある当局間の協議」は、納税者の申立を契機とする協議(日米租税条約の場合は二五条一項)のみを指すことが当該条項の位置づけから明らかであるとするが、日米租税条約二五条二項には、同条一項に定める納税者からの申立による協議を排除する旨の定めがないので、他国において関連企業が移転価格課税を受けた場合に、自国企業の所得の減額すなわち対応的調整について納税者から申立があった場合の協議も同二項の協議に含まれるものと解すべきである。

<4> 原告らは、租税条約実施特例法七条により対応的調整をとることが初めて法的に認められたから、同条及び租税特別措置法六六条の五により対応的調整として減額更正処分ができるのは租税条約実施特例法施行後である昭和六一年度以降の所得に関してだけであり、施行日以前に遡って対応的調整する旨の規定はないとするが、日米における対応的調整の法的根拠は日米租税条約二五条であるから、租税条約実施特例法七条が存在しなくとも、対応的調整ができることは右のとおりであり、このことを明確にしたのが租税条約実施特例法七条である。したがって、同条の施行が昭和六一年四月一日からであるからといって、それ以前の所得に対する対応的調整ができないというものではない。

(2) (租税条約実施特例法八条の協議及び意見の聴取について)

原告らは、租税条約上の政府間協議の結果によって地方公共団体が影響を被る場合には、あらかじめ大蔵大臣が自治大臣と協議をし、また自治大臣は関係地方公共団体の意見を聞くべきことが租税条約実施特例法八条に定められているが、本件においては、この手続がされておらず、この手続を欠いたままされた本件国税処分は、地方公共団体に対する法的拘束力を有しないとする。しかし、同特例法八条の手続は、租税条約上地方税が対象となっているときに限って必要なものであり、日米租税条約一条において条約の対象になる日本国の租税を所得税及び法人税に限定し、地方税は対象としていないことからして、当該手続が必要でないことは明らかである。

(3) (租税条例主義違反について)

原告らは、租税条例主義違反、すなわち地方税の賦課徴収や還付などはいずれも条例に直接の根拠を置くべきものであって、仮に地方税法の規定を条例において包括的に援用している場合でも、国法の改正によって条例の内容が自動的に変更されると解することはできず、移転価格税制も対応的調整の制度も本件処分当時の各条例が援用する地方税法においては全く予想していない制度であって、もとより、条例制定権者が認識していないところであると主張するが、地方税法三条の地方税条例主義は地方公共団体の課税権実現のために必要な事項をすべて条例によらしめることを意味するものではなく、条例においてどの範囲の事項を規定すべきかについては、単にその地方公共団体が課税する税目及び地方税法が条例で定めるところによらしめている事項についてのみ規定し、その他は地方税法の規定によることも可能である。神奈川県県税条例、その他関係地方公共団体の各条例にはいずれもその旨の規定が存在しているので、右の点につき、なんらの問題も生じ得ない。

(4) (租税公平主義違反について)

原告は、内国法人が在外子会社との取引という形式を通じて輸出をするのと、在外支店との勘定振替という形式を通じて輸出するのは、社会的実質においては同じであり、内国法人が後者の方式を用いた場合に、在外支店に帰属する所得の額をめぐり税務当局間の見解を異にするときは、二重課税が発生するから、その見解を一致させるために調整する必要が生じ、その調整の結果、我が国の法人税の処理上の問題として外国税額控除の見直しの必要が生ずることになるが、地方税法二三条一項四号、二九二条一項四号の定めにより、この外国税控除の見直しの結果は地方税に影響を及ぼし得ないところ、租税公平主義(租税中立主義)の見地からすれば、実質的に同一の法律関係に対しては、同一の取扱いがされるべきであるから、右条項の趣旨は、法人税にかかわる対応的調整と地方税との関係にも類推適用されるべきであるとする。しかし、移転価格課税に伴う調整の方法として、現行法は税額調整の方法ではなく、所得調整の方法を採用したのであるから、減額された課税所得・法人税額を課税標準とするすべての租税、すなわちここで問題となっている法人地方税にも影響を及ぼすのは当然というべきである。

(5) (事業税にかかわる本件更正処分の違法性について)

原告は、事業税の課税標準は当該法人の「所得」(地方税法七二条の一四)であり、移転価格課税及び対応的調整によって、法人税の課税標準たる「所得」に変更が加えられるというのはあくまでも一つの擬制であって、現実に所得の移動はなく、単に双方の国の税額を調整する上での説明の便宜の問題にすぎないから、事業税の課税標準としての所得につき更正処分があった場合に事業税についても更正処分をなすべき旨の規定(地方税法七二条の三九)は、客観的所得に異動がない場合は適用されないので、減額更正の根拠にはならない旨を主張する。しかし、本件更正処分は本件国税処分により、「課税標準となる法人税額」、あるいは「課税標準である所得」が減少(変更)したことによりされたものであることが明白であって、その変更の原因は問うところではなく、しかも日米租税条約に基づく日米政府間の合意による対応的調整を除外するものではないことは条文上(地方税法二三条一項、二四条一項、五五条一項、七二条の一二、七二条の一四の一項、七二条の三九第一項)明らかである。

第三当裁判所の判断

被告日産の本案前の主張について

被告日産は、本件訴訟が、地方自治法二四二条の二に基づく住民訴訟であり、同被告に対する請求は、同座間市長、同神奈川県税事務所長、同神奈川区長及び同横須賀市長のした違法な法人市民税等の減額更正処分により座間市、神奈川県、横浜市及び横須賀市が被った損害を回復するため、座間市等に代位して「当該行為に係る相手方」である同日産に対して提起した不当利得返還請求事件であり、しかも原告らは、被告座間市長らに対して右法人市民税等の減額更正処分の取り消し請求をしているのであるから、右取り消し請求が確定するまでは同処分は公定力を有していることになり、それゆえ右減額更正処分は右市長らにより撤回されるなどしない限り、同日産を含む第三者に対して拘束力を有するので、結局、被告日産は有効な行政処分によって法人市民税等の還付を受けたことになるから、被告日産に対する右請求は、そもそも不適法である、と主張している。

しかしながら、地方自治法二四二条の二は地方公共団体の住民がその機関又は職員の違法な財務会計上の行為又は怠る事実の是正、適正化を求めて訴訟を提起することを認める制度であり、同条の二第一項四号は、地方公共団体がその長等の職員等に対して有する実体上の損害賠償請求権等を住民が代位行使することを認めるものであるから、地方公共団体の住民が、行政処分の違法を理由として同条の二第一項四号所定の住民訴訟を提起する場合には、必ずしも同項二号によって当該処分の取り消し又は無効確認の請求をすることを要せず、同四号所定の代位請求をすることができると解すべきであり、その意味で被告日産が主張する公定力の問題は生じず、しかも、原告らは、被告日産に対する右請求において、右減額更正処分の違法事由のみならずその無効事由も主張しているのであるから、被告日産の右主張は採用できない。

二 本件日米合意について

原告らは、前記第二・二・1の(一)ないし(三)のとおりの経緯により成立した本件日米合意の適法性、有効性を争うので、まずこれを検討する。

1 いずれも税法学を専攻する北野弘久教授と金子宏教授のこの点に関する見解は、それぞれ次のとおりである。

(一) 北野教授の見解<証拠略>

一般的に租税条約は、当該条約上特段の規定が存在しない限り法的二重課税の排除を建前としているが、本件でも同様であって、親子会社等の特殊関連企業について規定する日米租税条約一一条には、各国の租税条約のモデルとなるものとして作成された条約案であるOECDモデル条約のような移転価格課税と対応的調整に関する規定(九条一、二項)は存在しない。また、相互協議について規定する日米租税条約二五条には、同モデル条約のような「成立したすべての合意は、両締約国の法令上のいかなる期間制限にもかかわらず、実施されなければならない」という強い調子の規定は存在しない上、我が国は意図的に対応的調整規定の条文化を留保した経緯もあり、更に加えて、昭和六一年の租税特別措置法、租税条約実施特例法の各改正により移転価格税制及び対応的調整規定が導入されるまで、それらの点に関する国内法的整備が全く行われていなかったから、右各改正法が施行された同年四月一日までは、米国歳入庁が我が国の内国法人の現地子会社に対して増額更正処分をしても、我が国では対応的調整をすることが法的に予定されておらず、その結果、経済的二重課税が生じても法的にはやむを得ない。

(二) 金子教授の見解<証拠略>

国際的経済活動の活発化により国際的移転価格の問題が生じ、各国で移転価格税制が適用され、経済的二重課税が生じるとともに、その排除が租税条約の最重要目的となり、その解決方法として、権限のある当局間の協議及び合意の手続と、その合意に基づく対応的調整の手続とからなる相互協議が用いられている。そして、この相互協議制度は、OECDモデル条約だけでなく我が国が締約しているものも含めて、すべての租税条約に規定されているが、相互協議には、当該条約の規定に適合しない課税について納税者からの申立に基づいて行われるもの(個別事案協議)、当該条約の解釈又は適用に関するもの(解釈適用協議)、当該条約に定めのない場合に二重課税を除去するためのもの(立法的解釈協議)がある。日米租税条約では二五条において、相互協議として個別事案協議と解釈適用協議が規定されているが、租税条約も最重要目的は二重課税の排除であるから、個別事案協議の「当該条約の規定に適合しない課税」という要件を広く解し、法的二重課税のみならず経済的二重課税もこれに含まれると解することもでき、その場合には、立法的解釈協議の対象事項と考えられている事項の多くは、個別事案協議の対象に含まれることになるから、立法的解釈協議についての明文の規定がなくても、実際上はそれほど不都合はないといえる。個別事案協議と解釈適用協議とは要件等が異なるが、前者においては条約の解釈・適用が問題となることが多く、後者は個別事案をきっかけとして、あるいは個別事案に関連して行われることが少なくないから、両者は部分的に重なり合い、解釈適用協議において、条約の解釈・適用に関して生じる疑義等の解決と合わせて個別事案の解決が計られることもある。移転価格税制の適用については、日米租税条約二五条二項二号に規定されている「一方の締約国の居住者とこれと関連を有する者との間における所得又は所得控除、税額控除その他の租税の減免の配分」が問題となることが多いから、日米間の移転価格税制をめぐる紛争においては、解釈適用協議がその解決のために役立つことが少なくない。なお、解釈適用協議については、個別事案協議の場合と異なり、関係者に協議申立権は認められていないが、関係者が自己に関する事案が重要な解釈適用問題を含んでいるとして陳情の意味で事実上の申立をすることは可能であり、それが協議の必要がある問題であれば権限のある当局は協議を開始することになるし、これが認められないとすべきではない。

2 右のとおりとすると、原告らの主張は、金子教授の所説に反し、北野教授のそれに符合するものであるが、租税条約が移転価格税制を採用している場合には、いわゆる親子会社等の関係にある特殊関連企業間において必然的に経済的二重課税が発生するのであるから、その排除方法が条約上明文をもって規定されていないとしても、明らかにこれを放置していると解されるような場合でない限り、その排除についての方法も採用されていると考えるべきである。原告らは、北野教授の所説同様、明文がない限り、このような事態が生じてもやむを得ないとするが、右のような事態は明らかに不合理な状態であり、それにもかかわらず、当該条約の解釈適用について、その点を明文で直接規定する条項が存するか否かという形式的な理由により、他に容易にこれを回避することができる解釈方法があるのに、あえてこれを採用しようとしないというのは、いささか硬直的な見解であり、たやすくくみすることはできない。

そして、右排除の方法として、多くの場合、政府間の相互協議と合意に基づく対応的調整手続が行われているから<証拠略>、当該租税条約に移転価格課税に相当する規定と相互協議に関する条項が規定されていれば、右条約は、移転価格税制に伴う経済的二重課税をも相互協議の対象としているものと解するのが相当であり、日米租税条約にこの条項(二五条)がある以上、同条約においては当然経済的二重課税に対しても相互協議の申立をし得ると解すべきである。

したがって、納税者は、一方締約国の居住者が条約に適合しない課税を受けるなどした場合には、法令に基づく救済手段とは別に、権限ある当局にその課税を回避すべく他方国と協議するように申し立てることができる旨の日米租税条約二五条一項、もしく解釈適用協議について規定する同条二項に基づき、移転価格課税事案について、権限のある当局の協議を促す申立ができるものと解される。

また、日米租税条約をはじめ諸外国が締約している租税条約が準拠しているOECDモデル条約には、その九条に移転価格課税と対応的調整に関する規定があるが、これは昭和五二年の改訂により追加されたものであり、日米租税条約を含めてそれ以前に締約された条約には同趣旨の規定はなかったが(この点は争いがない)、右の追加以前から同モデル条約には、二五条に政府間の協議に関する規定があり<証拠略>、条約の規定に適合しない課税を受けると認められる者は、自己が居住者である締約国の権限のある当局に対して、権限ある当局間の協議を促す申立をすることができ、権限ある当局は、右申立事案について、相手国と協議を行い、合意により問題を解決するものとし、合意した内容は国内法の期間制限のいかんにかかわらず、実施されなければならない旨が定められており、前記九条の規定がない場合においても、移転価格課税の納税者は右二五条により救済されるものと解することができるので<証拠略>、これと同様に、日米租税条約一一条に対応的調整の規定がないとしても、同条約二五条により、対応的調整をすることが可能というべきところ、同条によれば、条約締約国のいずれの国の居住者もそれについての申立をすることができると解することができる。したがって、被告日産及び同トヨタも、日米租税条約二五条の申立をすることができるのである。なお、被告日産及び同トヨタが経済的二重課税を受けたとして、我が国の税務当局に対応的調整のための協議申立をすることが可能であるとした場合、それが日米租税条約二五条の一項に基づくものか、二項に基づくものか疑義がないわけではないが、要は日米租税条約の主たる目的が、所得に対する租税に関する二重課税の回避にあり、その方法として前記金子教授のいう個別事案協議(二五条一項)と解釈適用協議(二五条二項)とがあるとしても、それが右目的達成のために相互に関連することが明らかである以上、二五条一項又は二項のいずれによる申立も可能であるとみて差し支えない。

ところで、原告らは、日米租税条約二五条二項の協議は、納税者の申立を契機としない一般的な取決めを結ぶための協議を予定したものであり、国税通則法二三条二項三号を受けて制定された同法施行令六条一項四号の「権限のある当局間の協議」とは、納税者の申立を契機とする協議のみを指すことは当該条項の位置づけから明らかであるとするが、右二五条二項には、同条一項に定める納税者からの申立による協議を排除する旨の定めはなく、それゆえ二五条二項の協議には、他国において関連企業が移転価格課税を受けた場合に、自国企業の所得の減額すなわち対応的調整について納税者から申立があった場合の協議をも含むものと解するとしても問題はない(なお、同項は、解釈適用についての協議の規定であるが、その目的は個別事案の解決であることは明らかであるから、納税者からの申立による協議を排除すべき理由はなく、申立により経済的二重課税についても協議できることは、右のとおりである。)。

3 次に、原告らは、移転価格課税に基づく対応的調整は、昭和六一年四月一日施行の租税条約実施特例法の改正法七条により初めて法的に認められるに至ったのであるから、同条及び租税特別措置法六六条の五により対応的調整として減額更正処分ができるのは右改正法施行後である昭和六一年度以降の所得に関してだけであり、施行日以前に遡って対応的調整をすることはできないとするが、前述のとおり、日米における対応的調整の法的根拠は日米租税条約二五条に求めることができ、租税条約実施特例法七条が存在しなくとも、対応的調整を行うことは可能であり、右七条は、このことを明確にした規定であると解し得るから、同条の施行が昭和六一年四月一日からであるからといって、それ以前の分に対する対応的調整ができないというものでないことは明らかである。

4 そうすると、本件日米合意の適法性・有効性を争う原告らの主張はいずれも理由がなく、同日米合意は適法かつ有効に成立したものというべきである。

三 本件国税処分について

日米租税条約二五条四項によれば、権限ある当局が以上のような協議により合意に達した場合、両方の締約国は、合意に従って租税を課し、租税の還付又は控除を行うこととされ、また国税通則法七一条二号、同法施行令六条一項四号は、権限ある当局間の協議が行われ、その申告、更正又は決定に係る課税標準又は税額等に関し、その内容と異なる内容の合意が行われたときは、当該理由が生じた日から三年間更正決定をすることができ、一般的な更正の期間制限は適用されないとしているのであり、本件においては、前記第二・二・1の(三)ないし(五)のとおり、日米税務当局が、昭和六二年六月一一日及び同年九月一八日、被告日産及び同トヨタの米国における追加申告所得及び連邦所得税の税額とその対応的調整についての本件日米合意をし、それに基づき神奈川税務署長及び岡崎税務署長が被告日産及び同トヨタに対する本件国税処分をしたものであるところ、右日米合意の適法性・有効性を認め得ることは前記二のとおりである。

そうすると、本件日米合意に瑕疵があるがゆえに、本件国税処分も違法無効であるとする原告らの主張は理由がないことになる。

なお、原告らは、本件国税処分の違法を前提に、それが本件更正処分に承継されると主張するが、右国税処分と本件更正処分とはそれぞれ別個の機関によりされた別個の処分であるから、同更正処分の取り消し請求においては、当該更正処分それ自体の違法事由をまず問題にすべきであり、地方自治法上の住民訴訟である以上、その制度目的からして、予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵がその更正処分にあると認められる場合でない限り、両者を直接結合して違法性の承継を認めるべきであるとするわけにはいかず、この点は、被告日産及び同トヨタに対する代位請求においても同様に解すべきである。また、被告らは、本件の住民訴訟においては、地方公共団体の権限に属しない本件国税処分の適否は、その判断の対象とはなり得ないとするが、国税処分による法人税の税額を課税標準とする本件更正処分について、予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵があると認められる場合には、直接ではないとしても右国税処分が審理の対象とされることもあり得ないわけのものではないと解される。

四 本件更正処分について

原告らは、仮に本件国税処分が適法であったとしても、本件更正処分には固有の違法事由があるとするので、以下、この点に関する原告らの主張について検討する。

1 (租税条約実施特例法八条による協議及び意見聴取手続の不履行について)

本件国税処分の前提をなす本件日米合意について、租税条約実施特例法八条所定の協議及び意見聴取手続がとられていないことは明らかであるが(弁論の全趣旨)、日米租税条約一条は、同条約の対象になる我が国の租税を所得税及び法人税に限定し、地方税をこれに含めていないこと、更に租税条約実施特例法八条の「協議又は合意の内容が地方公共団体が課する租税に係るものであるときは、あらかじめ自治大臣と協議し、その結果に基づいて、これをするものとする」という規定方法からすると、同条の手続は、単に右条約に基づく協議等が地方税にかかわりがあるというだけではなく、地方税が直接その協議等の対象となるときに限り必要なものであると解するのが相当であることなどからすれば、本件においては、これが必要でないことは明らかである。

2 (租税条例主義違反について)

原告らは、地方税の賦課徴収や還付などはいずれも条例に直接の根拠を置くべきであって、仮に地方税法の規定を条例が包括的に援用している場合でも、国法の改正によって当該条例の内容が自動的に変更されると解することはできない上、移転価格税制も対応的調整の制度も本件更正処分当時の各条例が援用する地方税法においては全く予想せず、情勢制定権者も認識していないところであったから、同更正処分は租税条例主義に違反すると主張する。

しかしながら、地方税法三条の規定する地方税条例主義は、地方公共団体の課税権実現のために必要な事項をすべて条例によらしめることまでを意味するものでなく、条例においてどの範囲の事項を規定すべきかについては、その地方公共団体が課する税目や、地方税法が条例で定めるところとしている事項についてだけ規定した上、その他は地方税法の規定によるとすることもできると解されるのであり、座間市市税条例、神奈川県県税条例、横浜市市税条例及び横須賀市市税条例には、いずれもその旨の規定が存在しているから、この点に関する原告らの右主張も理由がない。

3 (遡及的調整について)

原告らは、本件において、移転価格税制の適用により、我が国において対応的調整として税法上の処理をすることができるとしても、発生主義の立場に立つ企業会計原則のもとでは、その処置に係る当期の特別損失として処理すべきであり、過去の事業年度に係る申告税額が遡って国税通則法二三条一項にいう「過大」となることはないので、同条二項の請求要件を欠くとするが、租税条約実施特例法七条一項の規定の文言に加えて、対応的調整としては、外国で増額された所得に見合う額を遡及することなく、進行年度において一括して調整する方法をとることも可能ではあるが、該当事業年度の適用税率に差異等がある以上、外国で調整の対象とされた取引が現実にされた事業年度にまで遡及して調整するのが、より相当と解されることからすれば、このような方法をとったことが違法となるものではない。

なお、原告らは、国税の更正請求の特例を規定する国税通則法施行令六条一項が、租税条約に規定する権限のある当局間の協議による合意が成立した場合には、期限後でも更正の請求をすることができる旨を定めているのに対し、地方税についての右特例を定める地方税法施行令六条の二〇の二には、これに相当する規定がないから、たとえ日米租税条約に規定する当局間の協議による合意により対応的調整がされても、そのことによっては地方税法上の更正請求をすることができないと主張するが、右のとおり遡及的調整をすることができる以上、地方税法施行令の右規定により、対応的調整に基づく右更正請求ができることに疑問はない。

4 (本件国税処分と本件更正処分との関係について)

原告らは、地方税制度の上で、国税たる法人税の額それ自体が地方税の課税標準とされ、法人税の更正に連動して地方税を更正し得るとされている場合でも、法人税の更正が政策的配慮でされる場合にまで地方税がこれに連動して更正される必然性は存しないところ、本件においては、日米税務当局の合意により課税の見直しをしているが、これは日米両国政府間における利害調整のためにされた技術的手法にすぎないから、これがなされたとしても、住民税法人割の課税標準たる「法人税額」、並びに事業税の課税標準たる当該法人の「所得」(地方税法七二条の一四)に現実の変動が生じたとはいえないから、いずれも減額更正の根拠にはならないとする。

しかしながら、本件更正処分は本件国税処分により、「課税標準となる法人税額」、あるいは「課税標準である所得」が減少(変更)したことによりされたものであることが明白であって、しかも、その変更の原因は問うところではないと解される上、それが日米租税条約に基づく日米政府間の合意により対応的調整を除外するものではないことは条文上(地方税法二三条一項、二四条一項、五五条一項、七二条の一二、七二条の一四の一項、七二条の三九第一項)も明らかというべきである。なお、この説示に反する原告らの主張は、租税公平主義の見地からのそれを含め、すべて独自の見解に基づくものであって、いずれも採用できない。

第四結論

以上の検討結果によれば、原告らの請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がないから、いずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 尾方滋 小河原寧 秋武憲一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例